一 襖(ふすま)を開けて、旅館の女中が、 「旦那(だんな)、」 と上調子(うわっちょうし)の尻上(しりあが)りに云(い)って、坐(すわ)りもやらず莞爾(にっこり)と笑いかける。 「用かい。」 とこの八畳(じょう)で応じたのは三十ばかりの品のいい男で、紺(こん)の勝った糸織(いとおり)の大名縞(だいみょうじま)の袷(あわせ)に、浴衣(ゆかた)を襲(かさ)ねたは、今し