慶滋保胤(かものやすたね)は賀茂忠行(かものただゆき)の第二子として生れた。兄の保憲(やすのり)は累代の家の業を嗣(つ)いで、陰陽博士(おんようはかせ)、天文(てんもん)博士となり、賀茂氏(うじ)の宗(そう)として、其系図に輝いている。保胤はこれに譲ったというのでもあるまいが、自分は当時の儒家であり詞雄(しゆう)であった菅原文時の弟子となって文章生(もんじょうせい)となり、姓の文字を改めて、慶滋と