よるのくつ ――ぼくじんよるくつをはいてさる、せきじょあかつきにぼうしをかぶりてかえる(しげつぜんし)
夜の靴 ――木人夜穿靴去、石女暁冠帽帰(指月禅師)

冒頭文

八月——日 駈けて来る足駄(あしだ)の音が庭石に躓(つまず)いて一度よろけた。すると、柿の木の下へ顕れた義弟が真っ赤な顔で、「休戦休戦。」という。借り物らしい足駄でまたそこで躓いた。躓きながら、「ポツダム宣言全部承認。」という。 「ほんとかな。」「ほんと。今ラヂオがそう云った。」 私はどうと倒れたように片手を畳につき、庭の斜面を見ていた。なだれ下った夏菊の懸崖が焔(ほのお)の色で燃えている。

文字遣い

新字新仮名

初出

「思索 第二號」1946(昭和21)年7月15日<br> 「新潮 第四十三卷第七號」1946(昭和21)年7月1日<br> 「新潮 第四十三卷第十二號」1946(昭和21)年12月1日<br> 「人間 第二卷第五號」1947(昭和22)年5月1日

底本

  • 夜の靴・微笑
  • 講談社文芸文庫、講談社
  • 1995(平成7)年1月10日