うぶやものがたり
産屋物語

冒頭文

雛(ひな)の節句の晩に男の子を挙げてまだ産屋に籠(こも)っている私は医師から筆執る事も物を読む事も許されておりません。ところで平生(ふだん)忙(せわ)しく暮しておりますので、こう静かに臥(ふせ)っておりますと何だか独りで旅へ出て呑気(のんき)に温泉にでも入っておるような気が致しますし、また平生(ふだん)考えもせぬ事が色色と胸に浮びます。お医者には内所(ないしょ)で少しばかり書きつけて見ましょう。

文字遣い

新字新仮名

初出

「東京二六新聞」1909(明治42)年3月17~20日

底本

  • 与謝野晶子評論集
  • 岩波文庫、岩波書店
  • 1985(昭和60)年8月16日