えほんのはる
絵本の春

冒頭文

もとの邸町(やしきまち)の、荒果てた土塀が今もそのままになっている。……雪が消えて、まだ間もない、乾いたばかりの——山国で——石のごつごつした狭い小路が、霞みながら一条(ひとすじ)煙のように、ぼっと黄昏(たそが)れて行(ゆ)く。 弥生(やよい)の末から、ちっとずつの遅速はあっても、花は一時(いっとき)に咲くので、その一ならびの塀の内に、桃、紅梅、椿(つばき)も桜も、あるいは満開に、あるい

文字遣い

新字新仮名

初出

「文藝春秋 第四年第一號」1926(大正15)年1月

底本

  • 泉鏡花集成8
  • ちくま文庫、筑摩書房
  • 1996(平成8)年5月23日