忘れもしない、あれは大正五年十月なかばの或(あ)る夜のことであつた。秋らしく澄(す)み返つた夜氣(やき)のやや肌(はだ)寒(さむ)いほどに感じられた靜かな夜の十二時近く、そして、書棚の上のベルギイ・グラスの花立(はなだて)に挿(さ)した桔梗(ききやう)の花の幾(いく)つかのしほれかかつてゐたのが今でもはつきり眼の前に浮んでくるが、その時こそ、私は處女作(しよぢよさく)「修道院の秋」の最後の一行を書