かれはむかしのかれならず
彼は昔の彼ならず

冒頭文

君にこの生活を教えよう。知りたいとならば、僕の家のものほし場まで来るとよい。其処(そこ)でこっそり教えてあげよう。 僕の家のものほし場は、よく眺望(ちょうぼう)がきくと思わないか。郊外の空気は、深くて、しかも軽いだろう? 人家もまばらである。気をつけ給え。君の足もとの板は、腐りかけているようだ。もっとこっちへ来るとよい。春の風だ。こんな工合いに、耳朶(みみたぶ)をちょろちょろとくすぐりながら

文字遣い

新字新仮名

初出

「世紀」1934(昭和9)年10月

底本

  • 太宰治全集1
  • ちくま文庫、筑摩書房
  • 1988(昭和63)年8月30日