上 夏の初、月色街(ちまた)に満つる夜の十時ごろ、カラコロと鼻緒のゆるそうな吾妻下駄(あずまげた)の音高く、芝琴平社(しばこんぴらしゃ)の後のお濠ばたを十八ばかりの少女(むすめ)、赤坂(あかさか)の方から物案じそうに首をうなだれて来る。 薄闇い狭いぬけろじの車止(くるまどめ)の横木を俛(くゞ)って、彼方(むこう)へ出ると、琴平社の中門の通りである。道幅二間ばかりの寂しい町で、(産婆