すてるかね
棄てる金

冒頭文

その日は暮の二十五日だった。 彼女は省線を牛込で降りると、早稲田行きの電車に乗り換えた。車内は師走だというのにすいていた。僅かな乗客が牛の膀胱みたいに空虚な血の気のない顔を並べていた。 彼女も吊皮にぶら垂ったまま、茫然(ぼうぜん)と江戸川の濁った水を見ていたが、時々懐中の金が気になった。 彼女はこれから目的の真宗の寺へ、その金を持ってゆかなければならなかった。

文字遣い

新字新仮名

初出

底本

  • 日本プロレタリア文学集・21 婦人作家集(一)
  • 新日本出版社
  • 1987(昭和62)年9月30日