がんぐ
玩具

冒頭文

どうにかなる。どうにかなろうと一日一日を迎えてそのまま送っていって暮しているのであるが、それでも、なんとしても、どうにもならなくなってしまう場合がある。そんな場合になってしまうと、私は糸の切れた紙凧(かみだこ)のようにふわふわ生家へ吹きもどされる。普段着のまま帽子もかぶらず東京から二百里はなれた生家の玄関へ懐手(ふところで)して静かにはいるのである。両親の居間の襖(ふすま)をするするあけて、敷居の

文字遣い

新字新仮名

初出

「作品」1935(昭和10)年7月号

底本

  • 太宰治全集1
  • ちくま文庫、筑摩書房
  • 1988(昭和63)年8月30日