せいいどうじょぞう
青衣童女像

冒頭文

木枯らしの夜おそく神保町(じんぼうちょう)を歩いていたら、版画と額縁を並べた露店の片すみに立てかけた一枚の彩色石版(クロモリソグラフ)が目についた。青衣の西洋少女が合掌して上目に聖母像を見守る半身像である。これを見ると同時にある古いなつかしい記憶が一時に火をつけたようによみがえって来た。木枯らしにまたたく街路の彩燈の錦(にしき)の中にさまざまの幻影が浮かびまた消えるような気がするのであった。

文字遣い

新字新仮名

初出

「雑味」1931(昭和6)年9月

底本

  • 寺田寅彦随筆集 第三巻
  • 岩波文庫、岩波書店
  • 1948(昭和23)年5月15日、1963(昭和38)年4月16日第20刷改版