じゅうべえさんのいっか
重兵衛さんの一家

冒頭文

明治十四年自分が四歳の冬、父が名古屋鎮台から熊本鎮台へ転任したときに、母と祖母と次姉と自分と四人で郷里へ帰って小津(おづ)の家に落ちつき、父だけが単身で熊本へ赴任して行った。そうして明治十八年に東京の士官学校附に栄転するまでただの一度も帰省しなかったらしい。交通の便利な今のわれわれにはちょっと想像し難いほどの長い留守を明けたものであるが、若い時から半分以上は他国を奔走してばかりいた父には五年くらい

文字遣い

新字新仮名

初出

「婦人公論」1933(昭和8)年1月

底本

  • 寺田寅彦全集 第一巻
  • 岩波書店
  • 1996(平成8)年12月5日