いきょう
異郷

冒頭文

ウェルダアの桜 大きな河かと思うような細長い湖水を小蒸気で縦に渡って行った。古い地質時代にヨーロッパの北の半分を蔽っていた氷河が退(しりぞ)いて行って、その跡に出来た砂原の窪みに水の溜ったのがこの湖とこれに連なる沢山の湖水だそうである。水は沈鬱に濁っている。変化の少ない周囲の地形の眺めも、到るところの黒い松林の眺めもいずれも沈鬱である。哲学の生れる国の自然にふさわしいと云った人の言葉を想い出

文字遣い

新字新仮名

初出

「明星」1922(大正11)年11月1日

底本

  • 寺田寅彦全集 第一巻
  • 岩波書店
  • 1996(平成8)年12月5日