ほうろうていしゅじん
崩浪亭主人

冒頭文

砂風の吹く、うそ寒い日である。ホームを驛員が水を撒いてゐる。硝子のない、待合室の外側の壁に凭(もた)れて、磯部隆吉はぼんやりと電車や汽車の出入りを眺めてゐた。 靴のさきが痛い。何だか冷たいものでも降つてきさうな空あひで、ホームの中央に吊りさがつてゐる電氣時計は、四時を一寸廻つて、四圍はもう昏(くら)さをたゞよはせて、如何にもあわたゞしい。若いうちは、中途半端な事に何の怖ろしさもなく、無性

文字遣い

旧字旧仮名

初出

「小説新潮」1947(昭和22年)10月号

底本

  • 暗い花
  • 文藝春秋新社
  • 1948(昭和23)年5月20日