十三年の年に小学校を卒業し、翌年十四歳の春、京都府立画学校へ入学しました。 明治二十一年のことでありますから、女が絵の学校へはいるなんて、と言って叔父がさかんに母を責めました。しかし母は、 「つうさんの好きな道やもん」と言って受けつけなかったのです。 当時、校舎は今の京都ホテルのところにありまして、その周囲はひろい空地で、いちめんに花畠になっていました。 それで花屋が画学校の前にありまし