おんせん
温泉

冒頭文

断片 一 夜になるとその谷間は真黒な闇に呑まれてしまう。闇の底をごうごうと溪(たに)が流れている。私の毎夜下りてゆく浴場はその溪ぎわにあった。 浴場は石とセメントで築きあげた、地下牢のような感じの共同湯であった。その巌丈(がんじょう)な石の壁は豪雨のたびごとに汎濫する溪の水を支えとめるためで、その壁に刳(く)り抜かれた溪ぎわへの一つの出口がまた牢門そっくりなのであった。昼間その温泉

文字遣い

新字新仮名

初出

底本

  • 檸檬・ある心の風景
  • 旺文社文庫、旺文社
  • 1972(昭和47)年12月10日