大正十二年の冬(?)、僕はどこからかタクシイに乗り、本郷(ほんがう)通りを一高の横から藍染橋(あゐそめばし)へ下(くだ)らうとしてゐた。あの通りは甚だ街燈の少い、いつも真暗(まつくら)な往来(わうらい)である。そこにやはり自動車が一台、僕のタクシイの前を走つてゐた。僕は巻煙草を啣(くは)へながら、勿論その車に気もとめなかつた。しかしだんだん近寄つて見ると、——僕のタクシイのへツド・ライトがぼんやり