明治三十三年(1900)宮城県岩出山(いわでやま)町在(ざい)の中農の家に生まる。当時既にこの層の没落は、全農民階級中最も甚しく、私の家もまたその例にもれず只管(ひたすら)に没落への途を急いでいたのであった。それを知って父は急に足掻(あが)き出し、奪還策として、山林田畑を売り払っていろいろの事業に手をつけ、失敗に失敗を重ね、却(かえ)って加速度を与えるの結果となったのであった。——その間、僅かに七