ゆび

冒頭文

一 彼女は銀座裏で一匹のすっぽんを買った。彼女のそれを大型の鰐(わに)皮製のオペラ・バッグに落とし込んで、銀座のペーヴメントに出た。 宵の銀座は賑(にぎわ)っていた。彼女は人の肩を押し分けるようにしながら、尾張町の停留所の方へ歩いた。店を開きかけた露店商人が客を集めようとあせっている。赤、青、薄紫の燈光が揺れる。足音が乱れる。 「もしもし! 奥さん。」 彼女は誰かに呼び

文字遣い

新字新仮名

初出

「文学時代」1929(昭和4)年6月号

底本

  • 佐左木俊郎選集
  • 英宝社
  • 1984(昭和59)年4月14日