おもてには快楽(けらく)をよそい、心には悩みわずらう。 ——ダンテ・アリギエリ 晩秋の夜、音楽会もすみ、日比谷公会堂から、おびただしい数の烏(からす)が、さまざまの形をして、押し合い、もみ合いしながらぞろぞろ出て来て、やがておのおのの家路に向って、むらむらぱっと飛び立つ。 「山名先生じゃ、ありませんか?」 呼びかけた一羽の烏は、無帽蓬髪(