冒頭文

撰(えら)ばれてあることの 恍惚(こうこつ)と不安と 二つわれにあり         ヴェルレエヌ 死のうと思っていた。ことしの正月、よそから着物を一反もらった。お年玉としてである。着物の布地は麻であった。鼠色のこまかい縞目(しまめ)が織りこめられていた。これは夏に着る着物であろう。夏まで生きていようと思った。 ノラもまた考えた。廊下へ出てうしろの扉をばたんとしめたときに

文字遣い

新字新仮名

初出

「鷭」1934(昭和9)年4月

底本

  • 晩年
  • 新潮文庫、新潮社
  • 1947(昭和22)年12月10日、1985(昭和60)年10年5日70刷改版