發動機船は棧橋を離れやうとし、若い船員は纜(ともづな)を解いてゐた。惶てゝ切符を買つて棧橋へ駈け出すところを私は呼びとめられた。いま休んでゐた待合室内の茶店の婆さんが、膳の端に私の置いて來た銀貨を掌にしながら、勘定が足らぬといふ。足らぬ筈はない、四五十錢ばかり茶代の積りに餘分に置いて來た。 『そんな筈はない、よく數へてごらん。』 振返つて私はいつた。 『足らん〳〵、なアこれ……』