三月廿八日、午前五時ころ、伊豆湯ケ島温泉湯本館の湯槽(ゆぶね)にわたしはひとりして浸つてゐた。 温まるにつれて、昨夜少し過した酒の醉がまたほのかに身體に出て來るのを覺えた。わたしは立つて窓のガラスをあけた。手を延ばせば屆きさうな所に溪川の水がちよろ〳〵と白い波を見せて流れてゐた。ツイ其處だけは見ゆるが、向う岸は無論のこと、だう〳〵とひどい音をたてゝゐる溪の中流すらも見えぬ位ゐ深い霧であつ