あるははのはなし
或る母の話

冒頭文

1 母一人娘一人の暮しであった。 生活には事かかない程のものを持っているので、母は一人で娘を慈しみ育てた。娘も母親のありあまる愛情に堪能していた。 それでも、娘はだんだん大人になると、自分の幼い最初の記憶にさえ影をとどめずに世を去った父親のことをいろいろ想像する折があった。 『智子のお父さんは、こんなに立派な方だったのだよ——』 母親は古い写真を見せてくれ

文字遣い

新字新仮名

初出

底本

  • アンドロギュノスの裔
  • 薔薇十字社
  • 1970(昭和45)年9月1日