あぶのささやき ――はいびょうのうた――
蝱の囁き ――肺病の唄――

冒頭文

一、暁方は森の匂いがする 六月の爽やかな暁風(あさかぜ)が、私の微動もしない頬を撫(なで)た。私はサッキから眼を覚ましているのである。 この湘南の「海浜サナトリウム」の全景は、しずしずと今、初夏の光芒の中に、露出されようとしている。 耳を、ジーッと澄ましても、何んの音もしない。向うの崖に亭々(ていてい)と聳える松の枝は、無言でゆれている。黄ばんだ白絹のカーテンはまるで

文字遣い

新字新仮名

初出

「探偵文学」1936(昭和11)年7月

底本

  • 火星の魔術師
  • 国書刊行会
  • 1993(平成5)年7月20日