ちゅうぼうにっき
厨房日記

冒頭文

() こういう事があったと梶(かじ)は妻の芳江に話した。東北のある海岸の温泉場である。梶はヨーロッパを廻って来て疲れを休めに来ているのだが、避暑客の去った海浜の九月はただ徒(いたず)らに砂が白く眼が痛い。—— 別に面白いことではない。スイスのある都会にあった出来事だ。そのときは丁度ヨーロッパ大戦の最中で、非戦国のスイスは各国の思想家の逃避地のこととて、街は頭ばかりをよせ集めた掃溜(はき

文字遣い

新字新仮名

初出

底本

  • 機械・春は馬車に乗って
  • 新潮文庫、新潮社
  • 1969(昭和44)年8月20日