けしのなか
罌粟の中

冒頭文

() しばらく芝生の堤が眼の高さでつづいた。波のように高低を描いていく平原のその堤の上にいちめん真紅のひな罌粟(げし)が連続している。正午にウイーンを立ってから、三時間あまりにもなる初夏のハンガリヤの野は、見わたす限りこのような野生のひな罌粟の紅(くれない)に染まり、真昼の車窓に映り合うどの顔も、ほの明るく匂(にお)いさざめくように見えた。堤のすぐ向うにダニューブ河が流れていて、その低まるたびに

文字遣い

新字新仮名

初出

底本

  • 機械・春は馬車に乗って
  • 新潮文庫、新潮社
  • 1969(昭和44)年8月20日