オンチ
オンチ

冒頭文

一 大戦後の好景気に煽られた星浦製鉄所は、昼夜兼行の黒烟(くろけむり)を揚げていた。毎日の死傷者数名という景気で、数千人を収容する工場の到る処に、殺人的な轟音(ごうおん)と静寂とがモノスゴく交錯していた。 汽鑵場の裏手に在る庭球場は、直ぐ横の赤煉瓦壁に静脈管のように匐(は)い付いている蒸気管(パイプ)のシイシイ、スウスウ、プウプウいう音で、平生でも審判の宣告や、選手の怒号が殆んど聞

文字遣い

新字新仮名

初出

底本

  • 夢野久作全集10
  • ちくま文庫、筑摩書房
  • 1992(平成4)年10月22日