わらい

冒頭文

窓の前には広い畑(はた)が見えてゐる。赤み掛かつた褐色と、緑と、黒との筋が並んで走つてゐて、ずつと遠い所になると、それが入り乱れて、しほらしい、にほやかな摸様のやうになつてゐる。この景色には多くの光と、空気と、際限のない遠さとがある。それでこれを見てゐると誰でも自分の狭い、小さい、重くろしい体が窮屈に思はれて来るのである。 医学士は窓に立つて、畑を眺めてゐて、「あれを見るが好い」と思つた

文字遣い

新字旧仮名

初出

1910(明治43)年9月1日「東亜之光」五ノ九

底本

  • 鴎外選集 第十五巻
  • 岩波書店
  • 1980(昭和55)年1月22日