ちぶさ
乳房

冒頭文

一 何か物音がする……何か音がしている……目ざめかけた意識をそこへ力の限り縋(すが)りかけて、ひろ子はくたびれた深い眠りの底から段々苦しく浮きあがって来た。 真暗闇の中に目をあけたが頭のうしろが痺(しび)れたようで、仰向きに寝た枕ごと体が急にグルリと一廻転したような気がした。寝馴れた自分の部屋の中だのに、ひろ子は自分の頭がどっちを向いているか、突嗟(とっさ)にはっきりしなかった。

文字遣い

新字新仮名

初出

「中央公論」1935(昭和10)年4月号

底本

  • 宮本百合子全集 第五巻
  • 新日本出版社
  • 1979(昭和54)年12月20日