あんずのわかば |
| 杏の若葉 |
冒頭文
「おや、時計がとまっているでないか」 母親の声に、ぬいは頭をあげ、古い柱時計を見上げた。 「ほんによ」「いつッから動かねえかったんだか——仕様ないな、ぬい、若えくせにさ、お前」「だって母さん、耳についちまっているから判んなかったのさ。ほら——聴いてお見、カチカチ云ってるようだろ?」 杏(あんず)の若葉越しに、薄暗い土間にまで日のさし込む静かな午後であった。 「早く巻きな」 ぬいは煤けた大踏台を
文字遣い
新字新仮名
初出
「若草」1926(大正15)年6月号
底本
- 宮本百合子全集 第二巻
- 新日本出版社
- 1979(昭和54)年6月20日