きなだむら
鬼涙村

冒頭文

一 鵙(もず)の声が鋭くけたたましい。万豊の栗林からだが、まるで直ぐの窓上の空ででもあるかのようにちかぢかと澄んで耳を突く。きょうは晴れるかとつぶやきながら、私は窓をあけて見た。窓の下はまだ朝霧が立ちこめていたが、芋(いも)畑の向方(むこう)側にあたる栗林の上にはもう水々しい光が射(さ)して、栗拾いに駈けてゆく子供たちの影があざやかだった。そして見る見るうちに光の翼は広い畑を越えて窓下に達し

文字遣い

新字新仮名

初出

「文藝春秋」1934(昭和9)年12月

底本

  • ゼーロン・淡雪 他十一篇
  • 岩波文庫、岩波書店
  • 1990(平成2)年11月16日