ひのくちびる
火の唇

冒頭文

いぶきが彼のなかを突抜けて行った。一つの物語は終ろうとしていた。世界は彼にとってまだ終ろうとしていなかった。すべてが終るところからすべては新しく始る、すべてが終るところからすべては新しく……と繰返しながら彼はいつもの時刻にいつもの路(みち)を歩いていた。女はもういなかった、手袋を外(はず)して彼のために別れの握手をとりかわした女は。……あの掌(てのひら)の感触は熱かったのだろうか冷やりとしていたの

文字遣い

新字新仮名

初出

底本

  • 夏の花・心願の国
  • 新潮文庫、新潮社
  • 1973(昭和48)年7月30日