くるしくうつくしきなつ
苦しく美しき夏

冒頭文

陽(ひ)の光の圧迫が弱まってゆくのが柱に凭掛(よりかか)っている彼に、向側にいる妻の微(かす)かな安堵(あんど)を感じさせると、彼はふらりと立上って台所から下駄をつっかけて狭い裏の露次へ歩いて行ったが、何気なく隣境の空を見上げると高い樹木の梢(こずえ)に強烈な陽の光が帯のように纏(まつ)わりついていて、そこだけが赫(かっ)と燃えているようだった。てらてらとした葉をもつその樹木の梢は鏡のようにひっそ

文字遣い

新字新仮名

初出

底本

  • 夏の花・心願の国
  • 新潮文庫、新潮社
  • 1973(昭和48)年7月30日