あのかお
あの顔

冒頭文

一 六月の暑い日の午後、お久美は、茶の間にすわって、浮かない面持ちだった。そういえば、誰も気がつかなかったが、朝から不愉快そうにしていた。暑さのためばかりではないらしかった。綿雲のような重いものが、かの女のこころに覆いかぶさっているのだった。お久美は、この、何一つ不自由のない環境と思い合わせて、胸に手を置くといった気もちで、静かに、その原因が何であるか考えてみようとした。 じっさい

文字遣い

新字新仮名

初出

底本

  • 一人三人全集Ⅱ時代小説丹下左膳
  • 河出書房新社
  • 1970(昭和45)年4月15日