やりがたけにのぼったき
槍が岳に登った記

冒頭文

赤沢 雑木の暗い林を出ると案内者がここが赤沢(あかざわ)ですと言った。暑さと疲れとで目のくらみかかった自分は今まで下ばかり見て歩いていた。じめじめした苔(こけ)の間に鷺草(さぎぐさ)のような小さな紫の花がさいていたのは知っている。熊笹(くまざさ)の折りかさなった中に兎(うさぎ)の糞(ふん)の白くころがっていたのは知っている。けれどもいったい林の中を通ってるんだか、やぶの中をくぐっているんだか

文字遣い

新字新仮名

初出

「芥川龍之介全集 別冊」岩波書店、1929(昭和4)年2月

底本

  • 羅生門・鼻・芋粥
  • 角川文庫、角川書店
  • 1950(昭和25)年10月20日