かび

冒頭文

一 笹村(ささむら)が妻の入籍を済ましたのは、二人のなかに産(うま)れた幼児の出産届と、ようやく同時くらいであった。 家を持つということがただ習慣的にしか考えられなかった笹村も、そのころ半年たらずの西の方の旅から帰って来ると、これまで長いあいだいやいや執着していた下宿生活の荒(さび)れたさまが、一層明らかに振り顧(かえ)られた。あっちこっち行李(こうり)を持ち廻って旅している間、笹

文字遣い

新字新仮名

初出

底本

  • 日本の文学 9 徳田秋声(一)
  • 中央公論社
  • 1967(昭和42)年9月5日