うつりが
うつり香

冒頭文

そうして、それとともにやる瀬のない、悔しい、無念の涙がはらはらと溢(こぼ)れて、夕暮の寒い風に乾(かわ)いて総毛立った私の痩(や)せた頬(ほお)に熱く流れた。 涙に滲(にじ)んだ眼をあげて何の気なく西の空を眺(なが)めると、冬の日は早く牛込(うしごめ)の高台の彼方(かなた)に落ちて、淡蒼(うすあお)く晴れ渡った寒空には、姿を没した夕陽(ゆうひ)の名残(なご)りが大きな、車の輻(や)のよう

文字遣い

新字新仮名

初出

底本

  • 日本の文学 8 田山花袋 岩野泡鳴 近松秋江
  • 中央公論社
  • 1970(昭和45)年5月5日