へきがんたくはつ ――うまをさえながむるゆきのあしたかな――
碧眼托鉢 ――馬をさへ眺むる雪の朝かな――

冒頭文

ボオドレエルに就いて 「ボオドレエルに就いて二三枚書く。」 と、こともなげに人々に告げて歩いた。それは、私にとって、ボオドレエルに向っての言葉なき、死ぬるまでの執拗(しつよう)な抵抗のつもりであった。かかる終局の告白を口の端(は)に出しては、もはや、私、かれに就いてなんの書くことがあろう。私の文学生活の始めから、おそらくはまた終りまで、ボオドレエルにだけ、ただ、かれにだけ、聞えよがしの独白をしてい

文字遣い

新字新仮名

初出

ボオドレエルに就いて「日本浪曼派 第二巻第一号」1936(昭和11)年1月1日<br>ブルジョア芸術に於ける運命「日本浪曼派 第二巻第一号」1936(昭和11)年1月1日<br>定理「日本浪曼派 第二巻第一号」1936(昭和11)年1月1日<br>わが終生の祈願「日本浪曼派 第二巻第一号」1936(昭和11)年1月1日<br>わが友「日本浪曼派 第二巻第一号」1936(昭和11)年1月1日<br>憂きわれをさびしがらせよ閑古鳥「日本浪曼派 第二巻第一号」1936(昭和11)年1月1日<br>フィリップの骨格に就いて「日本浪曼派 第二巻第一号」1936(昭和11)年1月1日<br>或るひとりの男の精進について「日本浪曼派 第二巻第一号」1936(昭和11)年1月1日<br>生きて行く力「日本浪曼派 第二巻第一号」1936(昭和11)年1月1日<br>わが唯一のおののき「日本浪曼派 第二巻第一号」1936(昭和11)年1月1日<br>マンネリズム「日本浪曼派 第二巻第二号」1936(昭和11)年2月1日<br>作家は小説を書かなければいけない「日本浪曼派 第二巻第二号」1936(昭和11)年2月1日<br>挨拶「日本浪曼派 第二巻第二号」1936(昭和11)年2月1日<br>立派ということに就いて「日本浪曼派 第二巻第三号」1936(昭和11)年3月1日<br>Confiteor「日本浪曼派 第二巻第三号」1936(昭和11)年3月1日<br>頽廃の児、自然の児「日本浪曼派 第二巻第三号」1936(昭和11)年3月1日

底本

  • 太宰治全集10
  • ちくま文庫、筑摩書房
  • 1989(平成元)年6月27日