さるがしま
猿ヶ島

冒頭文

はるばると海を越えて、この島に着いたときの私の憂愁を思い給え。夜なのか昼なのか、島は深い霧に包まれて眠っていた。私は眼をしばたたいて、島の全貌を見すかそうと努めたのである。裸の大きい岩が急な勾配(こうばい)を作っていくつもいくつも積みかさなり、ところどころに洞窟(どうくつ)のくろい口のあいているのがおぼろに見えた。これは山であろうか。一本の青草もない。 私は岩山の岸に沿うてよろよろと歩い

文字遣い

新字新仮名

初出

「文學界」1935(昭和10)年9月号

底本

  • 太宰治全集1
  • ちくま文庫、筑摩書房
  • 1988(昭和63)年8月30日