そうしゅん
早春

冒頭文

大学生の中村(なかむら)は薄(うす)い春のオヴァ・コオトの下に彼自身の体温を感じながら、仄暗(ほのぐら)い石の階段を博物館の二階へ登っていった。階段を登りつめた左にあるのは爬虫類(はちゅうるい)の標本室(ひょうほんしつ)である。中村はそこへはいる前に、ちょっと金の腕時計を眺めた。腕時計の針は幸いにもまだ二時になっていない。存外(ぞんがい)遅れずにすんだものだ、——中村はこう思ううちにも、ほっとする

文字遣い

新字新仮名

初出

「東京日日新聞」1925(大正14)年1月

底本

  • 芥川龍之介全集5
  • ちくま文庫、筑摩書房
  • 1987(昭和62)年2月24日