わすれえぬひとびと
忘れえぬ人々

冒頭文

多摩川(たまがわ)の二子(ふたこ)の渡しをわたって少しばかり行くと溝口(みぞのくち)という宿場がある。その中ほどに亀屋(かめや)という旅人宿(はたごや)がある。ちょうど三月の初めのころであった、この日は大空かき曇り北風強く吹いて、さなきだにさびしいこの町が一段と物さびしい陰鬱(いんうつ)な寒そうな光景を呈していた。昨日(きのう)降った雪がまだ残っていて高低定まらぬ茅屋根(わらやね)の南の軒先からは

文字遣い

新字新仮名

初出

「国民之友」1898(明治31)年4月

底本

  • 武蔵野
  • 岩波文庫、岩波書店
  • 1939(昭和14)年2月15日第1刷