維新前江戸、諸大名の御用商人であつた私の實家は、維新後東京近郊の地主と變つたのちまでも、まへの遺風を墨守して居る部分があつた。 いろは順で幾十戸前が建て列ねた藏々をあづかる多くの番頭、その下の小僧、はした、また奧女中の百人近い使用人へ臨んだ主人としての態度は、今でも東京の下町の問屋あたりの老主人がかたく墨守して居るそれと變りはなかつた。正月の雜煮を當代の主人も今の召使達と一つ大釜から盛つて据え