月の名所は桂浜といへる郷里のうた、たゞ記憶に存するのみにて、幼少の時より他郷に流寓して、未だ郷にかへりたることなければ、まことはその桂浜の月見しことなけれど、名たゝる海南絶勝の地の、危礁乱立する浜辺に、よりては砕くる浪の花しろく、九十九湾縹渺として烟にくるゝ夕雲をはらひはてし秋風を浜松の梢にのこして、長鯨潮を吹く浪路の末に、一輪の名月あらひ出されたらむは、如何に心ゆくべきかぎりぞや。 鎮