はくよう
白妖

冒頭文

一 むし暑い闇夜のことだった。 一台の幌型自動車(フェートン)が、熱海から山伝いに箱根へ向けて、十国峠へ登る複雑な登山道を疾走(はし)り続けていた。S字型のジッグザッグ道路で、鋸(のこぎり)の歯のような猛烈なスイッチバックの中を襞襀(ひだ)のように派出する真黒な山の支脈に沿って、右に左に、谷を渡り山肌を切り開いて慌しく馳け続ける。全くそれは慌しかった。自動車それ自身は決してハイ・ス

文字遣い

新字新仮名

初出

「新青年」博文館、1936(昭和11)年8月号

底本

  • とむらい機関車
  • 国書刊行会
  • 1992(平成4)年5月25日