おとみのていそう
お富の貞操

冒頭文

一 明治元年五月十四日の午(ひる)過ぎだつた。「官軍は明日夜の明け次第、東叡山彰義隊を攻撃する。上野界隈(かいわい)の町家のものは匇々(そうそう)何処(どこ)へでも立ち退(の)いてしまへ。」——さう云ふ達しのあつた午過ぎだつた。下谷町(したやまち)二丁目の小間物店、古河屋政兵衛(こがやせいべゑ)の立ち退いた跡には、台所の隅の蚫貝(あはびがひ)の前に大きい牡の三毛猫が一匹静かに香箱(かうばこ)

文字遣い

新字旧仮名

初出

「改造」1922(大正11)年5、9月

底本

  • 現代日本文學大系 43 芥川龍之介集
  • 筑摩書房
  • 1968(昭和43)年8月25日