はるのうしお
春の潮

冒頭文

一 隣の家から嫁の荷物が運び返されて三日目だ。省作は養子にいった家を出てのっそり戻(もど)ってきた。婚礼をしてまだ三月と十日ばかりにしかならない。省作も何となし気が咎(とが)めてか、浮かない顔をして、わが家の門をくぐったのである。 家の人たちは山林の下刈りにいったとかで、母が一人(ひとり)大きな家に留守居していた。日あたりのよい奥のえん側に、居睡(いねむ)りもしないで一心にほぐしも

文字遣い

新字新仮名

初出

「ホトトギス」1908(明治41)年4月号

底本

  • 野菊の墓
  • 集英社文庫、集英社
  • 1991(平成3)年