おじぎ
お時儀

冒頭文

保吉(やすきち)は三十になったばかりである。その上あらゆる売文業者のように、目まぐるしい生活を営んでいる。だから「明日(みょうにち)」は考えても「昨日(さくじつ)」は滅多(めった)に考えない。しかし往来を歩いていたり、原稿用紙に向っていたり、電車に乗っていたりする間(あいだ)にふと過去の一情景を鮮(あざや)かに思い浮べることがある。それは従来の経験によると、たいてい嗅覚(きゅうかく)の刺戟から聯想

文字遣い

新字新仮名

初出

「女性」1923(大正12)年10月

底本

  • 芥川龍之介全集5
  • ちくま文庫、筑摩書房
  • 1987(昭和62)年2月24日