ぎわく
疑惑

冒頭文

——水野敬三より妻の藤子に宛てた手記—— 昨日、宵の内から降り出したしめやかな秋雨が、今日も硝子戸の外にけぶつてゐる。F——川の川音も高い。町を挾んだ丘の斜面の黄ばんだ木の葉の色も急に濃くなつたやうだ。J——峠から海の方へ展がる山坡に沿うて、雨を含んだ灰色の雲が躍るやうに千切れては飛び、飛んでは千切れて行く。海の沖には風が騷いでゐるのかも知れない。とに角私が此處へ來てから暗い空模樣が今日で五

文字遣い

旧字旧仮名

初出

底本

  • 雑誌「太陽」
  • 1920(大正9)年4月号