すいがいざつろく |
水害雑録 |
冒頭文
一 臆病者というのは、勇気の無い奴(やつ)に限るものと思っておったのは誤りであった。人間は無事をこいねがうの念の強ければ、その強いだけそれだけ臆病になるものである。人間は誰とて無事をこいねがうの念の無いものは無い筈であるが、身に多くの係累者を持った者、殊に手足まといの幼少者などある身には、更に痛切に無事を願うの念が強いのである。 一朝禍(わざわい)を蹈むの場合にあたって、係累の多い
文字遣い
新字新仮名
初出
底本
- 野菊の墓
- 角川文庫、角川書店
- 1966(昭和41)年3月20日、1981(昭和56)年6月10日改版26刷